ヘリ基地反対協議会(共同代表:仲村善幸/浦島悦子)
2004年4月19日、辺野古新基地建設(当時はリーフ上埋め立て案)に向けた海底ボーリング調査を阻止するため辺野古漁港隣にテントを張り、座り込みと海上行動を開始してから本日で8000日になります。それは、1997年以来の辺野古・命を守る会の8年間にわたるたたかいを引き継ぐものでもありました。今日まで、コロナ禍による休止期間はありましたが22年近くの長きにわたってテントを維持してこれたのは、内外の多くの皆さまのご協力・ご支援の賜物と、深く感謝申し上げます。
辺野古・命を守る会を先頭に、新基地反対と名護市政民主化を掲げる名護市民投票推進協議会が誕生し、1997年12月21日、「辺野古新基地NO!」の市民意思を世界に向けて発信しました。その後、市民投票推進協議会を発展させてヘリ基地反対協議会が発足。名護市民の立ち上がりが全県に広がり「辺野古新基地を造らせないオール沖縄」の大きな流れを作ってきました。
県民は現場でのたたかいに加え、各種選挙で「新基地NO」の意思を示し、故翁長雄志知事、玉城デニー知事を圧倒的票差で当選させ、2019年2月の県民投票では43万票(投票数の72%)の新基地反対の民意を示しました。
しかしながら日米両政府は、沖縄県民の圧倒的な民意を一顧だにせず、2018年12月14日、辺野古沿岸部への埋立土砂投入を開始しました。さらには2023年末の代執行(大浦湾の設計変更不承認を貫く沖縄県に代わって国が承認)に基づき大浦湾側工事に着工。25年年明けからは軟弱地盤に砂杭を打ち込む作業を強行しています。これに対し、オール沖縄会議に結集する各地域島ぐるみ会議による辺野古ゲート前座り込みや土砂が搬出される安和・塩川・宮城島、ヘリ基地反対協海上チームによる海上行動など、連日のたゆまぬ現場行動が工事を大幅に遅らせ、埋立進捗率は未だ約17%に留まっています。
先月、米国防総省が、「新基地が完成しても日本政府が別の長い滑走路を用意できない場合、普天間基地は返還されない」という公式見解を示していたことが報道され、県民の怒りが噴出しました。1996年の日米合意から30年、壊れたテープレコーダーのように「辺野古移設が普天間基地返還の唯一の選択肢」と繰り返し、県民・国民を騙し続けてきた防衛省・沖縄防衛局は、この期に及んでもなお「辺野古唯一」「何ら齟齬はない」と居直り続けています。
自民党大勝を受けた第2次高市内閣が発足し、今後の状況次第では新基地建設反対運動への影響が懸念されます。衆議院沖縄4選挙区のすべてで「オール沖縄」が議席を失った今、現場のたたかいがこれまで以上に重要になっています。
浜テントは、リーフ上案に対する現場行動の最前線という当初の役割から、新基地の計画変更に伴い、辺野古を訪れる人々への情報提供、地元住民やお互いの交流の場、陸と海の現場をつなぐ「本部」的役割を果たしてきました。
この長い年月の間に、浜テントでは多くの出会いがあり、全県・全国・世界の人々との繋がりを広げてきました。一方で、一日も早いたたかいの勝利を願いつつ、志半ばで旅立たれた方々も少なくありません。辺野古浜テントは今後も、先人たちの意思を継ぎ、出会いを大切にしつつ、辺野古や名護市民のたたかいの歴史と今を伝え、そして何よりも、1日も早い辺野古新基地建設断念をめざして、皆さまとともに頑張っていきます。

